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2回分の終了報告

 投稿者:藤森治子  投稿日:2018年 8月 7日(火)01時56分6秒 120-51-95-2.nagano.fdn.vectant.ne.jp
返信・引用
 

7月31日(火)ハンスト終了しています。
8月 7日(火)0時、たった今ハンスト終了しました。

女性差別は、人類最後の「植民地」といわれるほど、長く根深いものがあります。東京医大の入試で、女子受験生が減点されて不平等な合否判定をされていたというニュースを聞いて、差別はなくなったわけではなく、むしろ深く隠れるようになったのだという思いを新たにしました。

「・・・。但し、男子学生に限る」これが、私が大学を卒業する頃の求人情報で必ず書かれていたことでした。今から50年以上も前のことです。女子学生には大きな民間会社の採用試験を受ける資格すら拒否されていたのでした。女子学生が少なかったこともあり、会社も大学も学生運動をした学生たちも、だれもそのことを差別とは感じていないようでしたが、これが私が人生で初めて出会った社会的差別でした。当の女子学生は、それ相応の学力を活かすことができる職業といえば、唯一公務員だけでしたから、差別を深く心に刻みながら、大抵は教職などへ流れていったのでした。私もそういう一人でした。

「男女雇用機会均等法」が制定され、実施されたのは、それから約20年後の1985年のことでした。これによって初めて会社は「・・・。但し、男子学生に限る」と書くことが出来なくなったわけです。あからさまな差別はできなくなった分、差別は深く隠れ、巧妙になってきたといえるかもしれません。

例えば、教師は、女性の専門的職業分野としては一番古いので、それなりの闘いの歴史があります。女教師の存在が、「点」であるうちはすべては個人の問題として片付けられます。これが「面」となった時、つまり一定数に増えたとき質的変化が起こります。そして、制度を変えるような運動になっていくのです。それが「男女雇用機会均等法」だったのです。でも質的には、まだまだ制度的に設けなければならないことはたくさんあります。

それにしても、今回の大学医学部に受験の段階で、こんなあからさまな女性差別があるとは、驚きです。差別はこんな具合に隠れていたのか!いわゆる先進諸国でも、十数ヵ国のテレビ局が驚きをもって報道したくらい異様なことです。他の医学部でもありうるかもしれないし、それは医療の現状を考えると「仕方がない」と言う識者もいます。でも、それはすべて詭弁です。

出産・育児・家事と仕事をどのように両立させるかという課題は、新しいようで古い問題です。私が教師になりたての頃は、教壇で出産をむかえてしまったという話、職員会のお茶くみは女性の仕事とか、女性には担任はさせない、等々今女性の医師たちに突きつけられているのと同種の問題がありました。仕事と子育てが両立できるように、少しでも働きやすいように人権に基づいた制度的な改革がまず必要です。それは女性の問題ではなく、社会の問題だからです。

今回のアナクロニズムのような医大の女性差別も、医師を目指す女性がそれだけ多くなり、受験生も必然的に多くなり、優秀でもある。今ある器の中で、問題を解決しようとするから、世界が驚くような姑息な差別でしか対応できないでいるのです。「夜間の当直、当直明け外来、外来終わったら病棟、土日も病院、みたいな激務は女医には向いてないって主張散見しますが、よく聞いてください、男性医師にも向いてない」とどなたかが呟いていましたが、その通りです。むかし、学校には宿直という夜間勤務があり、男性教師がそれにあたっていました。女性が増えるにしたがって、日直(日曜日の学校お留守番)がすべて女性に押し付けられました。日曜日が働く女性にとって家事・育児など、どれほど貴重な日であるか大反論があり、結局、県の高校教育課は、宿直も日直も廃止することにしました。女性の負担を軽減することは、結局、男女全てのひとの負担を軽減することになる好例です。

出産をになう女性が働きやすい医療の現場の制度設計を見直す必要があります。今回のことは、現象としては非難されるべきことですが、これも女医を目指す人が「点」から「面」に増加したから噴き出てきた問題でしょう。社会の変化は、時にスローでやり切れないものがありますが、人権が大事にされる限り、行きつ戻りつしながら、やはり前に進むのだと思います。個人的なことですが、私の主治医は3年前から女性です。女性でなければわからないような体の微妙な問題についても相談にのってくれるし、話しやすいしで、私は非常に満足しています。もっと女医さんは必要です。若い女の子たち、挫けず、頑張れ!

 
 

終了報告

 投稿者:末延芳晴  投稿日:2018年 8月 6日(月)23時03分42秒 softbank126091120235.bbtec.net
返信・引用
  報告が大変遅れて恐縮ですが、5月と6月と7月の「9の日・9条・ハンスト・イン」、いずれも終了しています。

73年前の今日、すなわち1945年8月6日午前8時15分、人類史上初めての原爆が広島に投下され、推定で9万から12万人の広島市民が
犠牲となって亡くなられました。

亡くなられたすべての犠牲者と、そのあと原爆症に苦しみ命を落とされた方々のご冥福を祈るとともに、一日も早く原爆のない世界が実現することを願ってやみません。

ところで、73年前の8月6日、爆心地より1.2キロ離れた実家の便所のなかで用を足しているときに被爆、本来なら即死していてもおかしくなかったのにもかかわらず、便所が狭く、四方が壁と扉に挟まれていたことで、一命をとりとめた小説家がいます。1932(大正12)年に慶應義塾大学文学部を卒業し、「三田文學」に小説や詩を発表する中、広島市内の実家に疎開してきて被爆し、その時の体験を『夏の花』という小説にまとめた原民喜という小説家です。

その原民喜の原爆体験と、1910年の4月から1915年の4月まで、原が卒業した慶應義塾大学文学部のフランス語とフランス文学の教授として後進の指導に当たっていたことがある永井荷風の、同じ45年3月10日、日、米軍機による空爆で家(偏奇館)を焼かれ、焦土をさまよい、九死に一生を得た体験は、共に、この世の終わりに等しい地獄を体験し、それぞれにその体験に基づいて、一方は『夏の花』という小説を、もう一方は、『断腸亭日乗』という日記を書き残したことで共通し、呼応しあっているように見えます。

この直接的には関係のないまま、戦争がもたらした黙示録的地獄を体験した二人の小説家の「呼応」し合う関係性について、先週、ようやく書き上げ、今年の12月に集英社から新書として刊行予定の『慶應義塾大学部文学科教授・永井荷風-もう一つの顔』の最終章「永井荷風が慶應に残したもの」のなかで、以下のようにまとめてみました。興味のある方は読んでみてくください。

*****************************

永井荷風の空襲体験と原民喜の原爆体験

 さて最後に荷風の直接的影響というわけではなく、ある種の結果的共鳴、あるいは呼応という形で、荷風が慶應義塾文学部のために残したものとして触れておきたいのは、昭和二十(一九四五)年の春、荷風が、米軍機の空爆による未曽有の大空襲によって被災し、偏奇館を焼かれ、蔵書の全てを焼失し、着の身着のまま焼け野原をさまよったことと、それより五か月後の八月六日、昭和七(一九三二)年に慶應の英文学科を卒業し、詩や小説を「三田文學」に発表していた原民喜が、疎開していた広島市内の実家で、同じく米軍機による人類史上初めての原爆投下で被災し、家を焼かれ荷風と同じように着の身着のままで、焦土化した市内をさ迷い歩いたことで、二人が共に地球の終焉を思わせる地獄を体験 したこと。そして、それぞれの悲惨を極めた体験・見聞とそのときに抱いた思念や感懐を、荷風は日記『断腸亭日乗』に、民喜はカタカナ書きの詩『原爆小景』や小説『夏の花』に書き残したことで、本人たちの意志を越えて二人がつながることである。

 永井荷風と原民喜は、原が慶應義塾大学文学部に入学したのが大正十三(一九二四)年と、荷風が慶應義塾文学科教授を辞任したときより八年ほど遅れているので、直接的師弟関係はない。また、生涯を通して、社会の周辺/底辺、あるいは外側に生きる芸妓や娼婦、私娼婦とのみ性的関係を有し、前述したように慶應義塾の文学科教授時代に、堅気の商家の娘と結婚したものの、新婚生活と同時進行で二人の新橋芸者との交情に溺れ込み、結局半年足らずで新妻を離縁。さらにそののち、新橋芸妓の八重次と再婚するものの、半年後に八重次が家出をし、結局離婚。以来一度も結婚しなかった荷風に対して、原は、見合い結婚ではあるものの、同じ広島県出身で、奇しくも荷風と同じ姓の永井貞恵という女性 (のちに文芸評論家となる佐々木基一の姉)と結婚、深い愛の関係で結ばれている。

 しかし、原民喜をして、「私の書くものは殆ど誰からも顧みられなかつたのだが、ただ一人、その貧しい作品をまるで狂気の如く熱愛してくれた妻がゐた」(「死と愛と孤独」より)とまで書かせたその妻は、昭和十九(一九四四)年、糖尿病と肺結核で死去。それまで献身的に看病に努め、臨終を看取るなどして愛の関係を貫き、死後、貞恵との思い出を『忘れがたみ』、そのほか、いくつもの回想記やエッセイに書き残し、最後は先だって逝った妻に殉ずるようにして、鉄道自殺によって自らの命を絶った原民喜は、人間的資質から文学者としての生き方、さらには書き残した作品から表出されてくる世界そのものも、荷風のそれとは百八十度違っている。

 にもかかわらず、「鎮魂歌」に詠われた「僕は堪えよ、静けさに堪えよ。幻に堪えよ。生の深みに堪えよ。堪えて堪えて堪えてゆくことに堪えよ。一つの嘆きに堪えよ。無数の嘆きに堪えよ。嘆きよ、嘆きよ、僕を貫け。帰るところを失った僕を貫け。突き放された世界の僕を貫け」という、悲痛な決意と覚悟の表明は、東京大空襲によって「帰るところを失った」のにもかかわらず、明石、岡山へと苦難の疎開行を続け、悲惨な現実に「堪えて堪えて堪えてゆくことに堪え」て、『断腸亭日乗』を書き続けた荷風の決意と覚悟に通じるものであった。

 文学者が文学者たるゆえんが、そして文学者が人間に対して人類に対して果たすべき使命が、この世に現出した地獄にも等しい悲劇を自身で体験し、冷徹、かつ透徹したまなざしで見据えた現実とその奥にあるものを言語によって書き残すことにあるとするなら、永井荷風と原民喜はまさにその使命を果たした文学者であった。少し大げさな言い方になるかもしれないが、日本民族を滅亡させたかもしれない二つの大惨禍の現場に、永井荷風と原民喜という慶應義塾とかかわりの深い文学者が、歴史に対する証言者として立ち会い、そこでの正に九死に一生を得るに等しい体験・見聞を後世に書き残してくれたことで、日本の文学は救われたといってもいいかもしれない。

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3回分の終了報告

 投稿者:藤森治子  投稿日:2018年 7月30日(月)21時43分8秒 120-51-193-96.nagano.fdn.vectant.ne.jp
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今日(7/30)のハンストをしながら、サボってきた終了報告を書いています。暑さもあるけど、なんだか書く気力を萎えさせるようなことばかりの7月でした。でも、とにかく、ハンストが、安倍政権への、私の唯一の継続的な抵抗ですので、参加を表明したハンストは、全部無事終了しておりますことをここに報告します。

7月10日(火)正午、ハンスト・イン終了しています。
7月17日(火)0時、定例ハンスト終了しています。
7月24日(火)0時、定例ハンスト終了しています。

何よりショックだったことは、この間、オウム死刑囚が13人も刑を執行されたことでした。このように大量の死刑執行は大逆事件(1911年死刑執行12名)以来ではないでしょうか。暦が1世紀後戻りになってしまったような感があり、恐ろしく残酷な時代の予兆を感じます。裁判の方法は違いますが、2・26事件では17名の死刑。太平洋戦争では、国内だけでも300万人という兵士・民間人の犠牲者を出すような戦争を企画したA級戦犯(戦犯定義として平和に対する罪)は、何とたった7名が死刑にされただけでした。(海外での戦争犯罪にBC級戦犯が約1000名死刑にされています。)

数字だけを単純に比べて判断はできないものの、処刑されたオウム死刑囚がA級戦犯より重い罪を犯したかは疑問です。犠牲者の数と痛みを考えれば、A級戦犯の犯罪の方がはるかに重いと思います。そう考えてくると、大逆事件の冤罪性と時代背景を考え併せ、オウム死刑囚の刑執行は、来るべき時代へのミセシメとして強引に執行されたとしか思えないのです。

そう思うのは、私が死刑制度に反対のせいでもあるのですが、やはり、国家が個人に死を命ずるということはできない時代になっているのではないかと思います。国家が個人の身体を束縛し、命を奪うことを命じることができるのは、死刑と徴兵制だけでしょう。でも、もうそうできる時代は終わったのです。いわゆる先進国の中で、死刑制度があるのは、米、韓、日本くらいです。死刑制度があっても、執行は自制している国がほとんどです。アメリカも州によっては死刑はゼロ、韓国は制度はあっても今世紀に入っては執行はゼロです。一気に13人もの死刑を執行するなど、日本は世界の中でも野蛮な国のトップなのです。

死刑があると必ず読む本があります。吉村 昭著『休暇』という掌編の小説です。(中公文庫『蛍』という短編集のトップにあります)本当は、この小説は怖いのですが、国家が一人の人間を殺す刑場の現場が詳細に書かれていて、罪はともあれ一人の人間が殺されていく過程が、一人の刑務官の目を通してリアルに描かれています。これを読むことで、死刑になった人の命を悼みたいと思っているのですが・・・。刑を受けた直後のまだ温かい死体の感触が、刑務官の感受性を通して伝わってきます。総理も、法務大臣も、処刑前夜は、宴会でお酒を飲んでいたと報道されていますが、それほど確信をもって刑を執行したのならば、その現場に立ち会うべきです。死刑囚の最後を見届けるのが、命じた人間のせめてもの人間らしさでしょう。

死刑の実態があまり開かされていないので、「死刑が執行された」で終わってしまうけれど、知れば、たとえ小説の形であれ知れば、死刑制度賛成などとは安易に言えなくなると思います。吉村 昭の『休暇』は是非一人でも多くの人に読んで欲しいと思います。それぞれの刑場で、何人の刑務官が死刑囚の死後処理という苦しい仕事を任務としてしなければならなかったか、心理的に辛い記憶を自分の人生に刻まねばならなかったか・・・。仕事というにはあまりに酷なことです。私たちはそれを「誰か」にまかせているだけで本当にいいのか・・・。

辺見庸は「むごい夏」と言いました。私も神経の細い線が切れそうなほどつらい夏になりました。

 

7月の「9の日ハンスト」終了しました。

 投稿者:高田 眞佐子  投稿日:2018年 7月10日(火)15時33分26秒 zaqdadcd92a.zaq.ne.jp
返信・引用
   7月の「9の日ハンスト」終了しました。 連日の豪雨で、9日に、やっと大阪は晴れ間がみえたのでした。 地震のことでは、藤森さん、ご心配くださって、ありがとうございました。地震のあと、しばらく、パソコンをひらかなかったので、気が付かず、失礼しました。
 私達の町では、地震の影響で、ブルーシートで屋根を覆った家々も多いのですが、とりあえずおちついてきたので、「9の日行動」今月も、しました。駅頭でみるかぎりでは、私達のまちは、日常をとりもどしています。 けれども、全国的には、あちらこちらで、豪雨による河川の増水、氾濫、土砂崩れ、と被害が増大し続けています。こんなときに、安倍政権は、外遊だけは、中止したものの、7人もの死刑を一度にするなどという、とんでもないことを執行したあげく、国会も開き続け、悪法を強行可決しようとしています。心が凍ってしまいそうにおもっています。 
 

終了報告

 投稿者:藤森治子  投稿日:2018年 7月 5日(木)16時56分6秒 120-51-120-28.nagano.fdn.vectant.ne.jp
返信・引用
 

7月3日(火)0時、ハンスト終了しています。

先日、イラク自衛隊派遣反対ハンスト・リレーマラソンの時から「ガンジーの会」発起人の一人として参加された埼玉の高橋如安さんからメールをいただきました。那須のトラピスト教会で録音された音楽のCDを送っていただいたのですが、その最後にこんな言葉がかかれてありました。

「ガンジーの会には足を向けて寝られない、今もそう思っています。
僕的には、皆さんの想いの高さには付いていけず、便所掃除係り程度の立場でいつもHPを開いていますよ。毎週金曜日と9日はかかさず断食しています。・・・」

「ガンジーの会」は、「来るものは拒まず、去るものは追わず」が方針で、「出来る人が」「出来るところから」「出来るだけ」やる、という緩やかな会ですので、現状のようになってしまっていますが、案外、如安さんのように、HPを読んでくださったり、人知れず、ハンストを、断食を、実行されている方は多いのかもしれないと思いました。

というのも、月1回発行しているメールマガジン「ガンジー村通信」の読者は約150人もいるのです。メルマガとしては、ささやかな発行数ですが、これがあまり変化せず続いているのもありがたいことです。最高時でも200人を越える程度でしたから。「読者が100人を切ったら、発行を辞めたい」というのが編集人の私の口癖ですが、さて、どこまで続けられるでしょう。

 

終了報告

 投稿者:藤森治子  投稿日:2018年 7月 2日(月)02時17分32秒 202-215-69-204.nagano.fdn.vectant.ne.jp
返信・引用
 

6月26日(火)0時、ハンスト終了しています。

今日は2つのサイトの紹介です。まだでしたら暇を見てご覧下さい。
一つは割に客観的な安倍政権についての分析。首都大学東京教授で社会学者の山下 祐介氏の安倍政権批判で、なかなか面白い批判と分析です。

★山下 祐介:首都大学東京教授社会学者

(1)安倍政権が「終わる瞬間」はいつなのか?~森友調査報告書を精読する
区切りがついた、わけがない (2018/6/23)

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56113

1.財務省「森友事件文書改ざん報告書」を読む
2.ふつうに読めば総理の「関わり」はある
3.加計問題「新しい獣医学部の考えはいいね」の波紋
  どちらかが嘘をついている
4.安倍政権を支えるものとは?
5.重要な二つの問い

(2)「事実を頑なに認めない」安倍総理を支える力の正体(2018/6/23)
モリカケ問題を再考する

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56118

1.真実は明らかなのに、総理だけが認めない
2.安倍政権「最大の謎」
  *なぜ安倍総理は政権の継続に固執するのか
  *自民党はなぜ安倍政権を退陣に追い込まない
3.自民党の真の姿とは
4.安倍総理の自信の背景にあるもの
  *なぜ国民は安倍政権を支持するのか
  *みな自民党が好きなのだ
5.政治全体の変質のはてに・・・
  *次の政権が担わねばならないこと
6.このままでは暴走が止まらない
 *政治行政のバランスを取り戻すには
   *誤った決定をしていくことで訪れる未来

 

終了報告

 投稿者:藤森治子  投稿日:2018年 6月25日(月)00時34分18秒 115-179-94-63.nagano.fdn.vectant.ne.jp
返信・引用
 

ハンストをしながら、先々週のハンスト・インと定例ハンストの終了報告です。

6月10日(日)正午、ハンスト・イン終了しています。
6月12日(火)0時、定例ハンスト終了しています。
6月19日(火)0時、定例ハンスト終了しています。

「安倍さんの政治哲学とは、噛み砕いて言えば、国民は『すごく怒っていても、時間が経てば忘れる』『ほかのテーマを与えれば気がそれる』『嘘でも断定口調で叫び続ければ信じてしまう』、つまり『国民は馬鹿である』ということです」と古賀茂明氏はいっていますが、日本はまさにそのサイクルに入っているようです。

一昔前の自民党であれば、首相の首がいくつも飛ぶような事態であるのに、このまま安倍さんは居直って首相を続ける模様です。自民党はそれを許すのでしょうか。法的にはともかく、政治を混乱させ、政治不信を招いた責任はあります。それよりももっと本質的な部分で、内政は、スローガンは掲げるけれど、国民のための政治はしていないし、外交は完全に行き詰っています。「中国包囲網」を築くのだといいながら、時代の流れが読めず、米朝首脳会談以降、日本は完全に孤立してしまいました。

安倍さんの外交とは何なのでしょう?内政で野党とコミュニケイションができず、強行採決ばかりたのみとしているような人が、どうして外国の政府との交渉ができるでしょうか。今頃になって、放っておいた拉致問題をまた政治利用しようとしています。でも恐らく、拉致問題を口にするのは9月の自民党総裁選まででしょう。あくまで政治利用ですから。これまでの経緯から考えて、安倍さんには拉致問題の解決は無理です。北朝鮮と外交交渉をするのに、拉致問題から入っていくなどと言うことは、回答ゼロを求めているようなものです。

河野洋平元衆議院議長のいうように、日朝平壌宣言に戻り、国交正常化をするなかで拉致問題に入っていくくらいの戦略が必要です。安倍さんの頭は小泉政権の頃の頭かもしれないけれど、北朝鮮は、金正日から金正恩へとリーダーが変わり、その政治も特に今急速に変わりつつあります。古い頭で交渉に臨めば必ず失敗するでしょう。それに、2014年のストックホルム合意に基づいて、北朝鮮が「特別調査委員会」を設置し、拉致被害者を含む日本人行方不明者の全面的な調査を行うと約束したわけですが、その結果がすでに出ているらしいこと。その結果が、日本が期待していたものとはかなり違っているらしいこと、などが報道されています。慎重な下準備が必要でしょう。

国内政治は機能不全に陥っていますが、トランプと金正恩との劇的な米朝首脳会談で少し明るい見通しが出来るようになってきました。まだまだ紆余曲折もあるでしょうが、Jアラートを鳴らし、ミサイルから逃げる練習などしていた1年前に比べれば、何倍かましです。鳩山元首相がこの会談を受けて「大事なことはこの方向を周辺国で支援することだ。批判しても意味はない。」と書いていましたが、その通りです。

また、二言目には「我が国を巡る安全保障環境が大きく変化している」として、自衛整備を増強したり、9条を変えたりする口実に、意図的に北朝鮮を敵視し、利用してきた安倍政権ですが、この緊張緩和の方向のなかで、これまでと同じことは言えなくなるだろう、という淡い期待はあります。

 

6月8日正午から、9日正午までの、「9の日ハンスト」終了しました。

 投稿者:高田 真佐子  投稿日:2018年 6月 9日(土)20時42分41秒 zaqdadcd92a.zaq.ne.jp
返信・引用
  6月の、「9の日ハンスト」終了しました。土曜日は9日だったので、私達の街の、「9条を守ろう」と呼び掛けている、市民グループは、午前11時から45分ほど、署名を呼び掛けたり、チラシを配ったりしました。このところ、本当に受け取り、悪いです。どうしてだろうと話し合ってみるのですが、みんなのなかに諦めがあるのかもしれないと、思ったりしています。私達にしたところで、九条の会も、会としては、あまり活動していませんし、それぞれが縮小気味です。諦めないことをモットーに、集まる人の数は、へっていないのですが。  

終了報告

 投稿者:藤森治子  投稿日:2018年 6月 6日(水)23時28分46秒 222-228-55-144.nagano.fdn.vectant.ne.jp
返信・引用
 

6月5日(火)0時、ハンスト終了しました。

今日の149回「9の日・9条・ハンスト・イン」の案内の文に、堀口大学の詩「新春 人間に」という詩をごらんになりましたか?かつての戦意高揚のつまらない詩を捨てて、晩年になって書かれた詩です。「僕は生まれてくるのが早過ぎた、僕の詩は50年早い、50年経ったら理解されるよ、君はそれを見届けておくれね」と娘に言ったそうですが、そうかもしれません。

君は原子炉に
太陽を飼いならした
君は見た 月の裏側
表面には降り立った
石までも持って帰った

君は科学の手で
神を殺すことが出来た
おかげで君が頼れるのは
君以外になくなった
    ・
    ・
    ・
         君はいま立っている
    存亡の岐れ目に
    原爆をふところに
    滅亡の怖れにわななきながら
    信じられない自分自身に
    おそれわななきながら……

    人間よ
    分ち合え
    譲り合え
    そして武器を捨てよ
    いまがその決意の時だ

ハッとするように新鮮で、ドキッとするような人間の現実を深く描いていると思います。堀口大学の故郷は新潟です。今その新潟で熾烈な県知事選がたたかわれています。世界最大といわれる柏崎刈羽原発は7号まで原子炉を持っていて、現在稼働はしていませんが、それでもちょくちょく事故があるのです。野党5党はこの原発を無くしていこうという池田ちか子候補を応援しています。自公の候補は役人の古手ですが、さすがに原発再稼働は口にできませんが、元二階幹事長の秘書とかで、只今せりあっているところ。

それだけでなく、去年の衆議院選以後はじめての大きな地方選挙であり、自民党への信頼度を計る選挙でもあり、野党・与党相当数が応援に入っています。この選挙の結果が今後の自民党の方向をきめるのだとか。大変な状況ですが、池田さんには頑張ってほしいと思います。どなたか堀口大学の詩をもって応援に行ってくれませんか。若くて、元気な人。

 

終了報告

 投稿者:藤森治子  投稿日:2018年 6月 4日(月)00時49分15秒 220-158-79-110.nagano.fdn.vectant.ne.jp
返信・引用
 

5月22日(火)0時、ハンスト終了しています。
5月29日(火)0時 ハンスト終了しています。

数日テレビも新聞もネットもない生活をして「現実」に戻ると、政治状況が素早く変わっていて、すぐにはついていけない有様です。森友も加計も遠くにかすんで、今は日大アメフトと米朝首脳会談のことばかりです。

政治の情報がなくて、今目の前の小さな世界の日常を過ごすのは、ある意味で安定していて、心が休まる日々です。このままずっとこのように暮らしていければ、そういう生き方もあるかもしれないと思いました。

政治への無関心が嘆かれるわけですが、無関心な人々は、自己充足し、そういうエアーポケットのような非政治的空間を生きているのかもしれません。そういうところへもメデイアはニュースを届けてもらいたいと思います。非日常的な時間の経験をした後に感じたことは、メデイアの役割は、ニュースを事実に基づいて伝えることと同時に、同じ志の人々を結果として結びつける役割をもしているのだということでした。

 

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