teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

  1. 足あと帳(12)
スレッド一覧(全1)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


いい男だけど、一緒になったら苦労するよ

 投稿者:マーキー  投稿日:2019年 3月12日(火)23時23分30秒 59-190-238-253f1.shg1.eonet.ne.jp
返信・引用
  長い間知らずにいたことがわかってビックリすることはよくあることだけど、今日は本当にビックリした。

私が清貧生活を送っていることは、知ってる人は知ってることだけど、やはり金のないのはつらい(笑)。

「あんちゃん、人生やっぱりこれだよ」って、大昔妻の叔父(義母の兄)が親指と人差し指で丸を作って教えてくれた。

夕方、台所で妻とその話になって笑ったんだけど、妻がずーっと言わなかったことがあるという。

件の話は、41年前に妻との結婚の許しを得に、父親がわり(妻の父は妻が12歳の時にガンで他界)だった叔父にあいさつに行ったときのこと。

当時、私は卒業のあてもない学生だった。

叔父は若い頃海軍の水兵さんで、私の母方の祖父が海軍少将だったことから、私は叔父にとって「ええしのボン」になっておいしいご馳走をいただいて歓談。

あとで妻に「ええ男や」と言っていたことは知っていた。

しかし、それには続きがあったのだ。

「いい男だけど、一緒になったら苦労するよ」と言ったという。

妻はその時は何とも思わなかったけど、やっぱり叔父さんは正しかったというわけ(笑)。

叔父は若い頃は「いい男でアル中で美食家」だった。

アルバムを見せてもらったら、昔の写真は皆半分破ってあった。横に女の人が写っていたので、叔父の妻になった人が破ったという。

まだまだ書き足りないことはいっぱいあるけど、今日はここまで。

叔父のことはまたあらためて書こうと思う。

 
 

風さそふ 花よりもなお 吾はまた・・・

 投稿者:マーキー  投稿日:2019年 3月 8日(金)12時25分58秒 59-190-238-253f1.shg1.eonet.ne.jp
返信・引用
  「赤穂城断絶」がWOWOWで放映(2019/03/06 7:00)されたので、録画して見た。

1978年度芸術祭参加作品。監督:深作欣二、主演:萬屋錦之助の時代劇であります。

私はなぜか“忠臣蔵”に弱いのよ。いつも同じ場面で泣いてしまう。

この映画でも、大石内蔵助(萬屋錦之助)が主君浅野内匠頭の辞世を詠むシーンで泣いてしまった。


風さそふ 花よりもなお 吾はまた
 春の名残を いかにとやせむ


「風に散る桜の花びらより、春が名残りおしい気持ちをどうすればいいのだろう。」という意味だと思うのだけど、真意は

「風に吹かれて散る桜の花よりも、急いで(天寿を全うする事なく)生涯を終えようとしている私は、この心残りをどうしたら良いのだろうか。
@名歌鑑賞・3262  https://blogs.yahoo.co.jp/sakuramitih26/63498139.html 」

ということらしい。

「春の名残を いかにとやせむ」と錦之助は涙をこらえながら繰り返したんだけど、「いかにとやせむ」に無念の気持ちがこめられていたのだ、と納得。

長らく、浅野内匠頭の辞世の歌を知りたかったので忘れないように書き留めておく。

 

長生きはするもんじゃない?

 投稿者:マーキー  投稿日:2019年 3月 8日(金)00時52分5秒 59-190-238-253f1.shg1.eonet.ne.jp
返信・引用
  2月に某県某市にいただいたお仕事が終わったので、3月1日(金)から2泊3日の旅行。

旅行といっても金がないので、四日市のクーコ姉ちゃんの家に泊めてもらう。

目的は名古屋市八事にあるわが家の墓参り。

年に2回お参りできればいい方なので、車にお掃除セットその他を積んで出発。

1日(金)の午後3時に出発して夕方にはクーコ姉ちゃん宅に到着。ごちそうをいただいて歓談。

翌日午前9時過ぎに出発して、10時半には八事着。草むしりもきれいにすませてお参り。

この頃は息子の方がちょくちょくお参りしてくれていることを、不思議な気持ちで思い出していた。

父が存命の頃は、私の方がよく墓参りに訪れていたから。

墓参りを終えてから、ノブコ叔母宅に寄る。叔母は今年86歳。

若い頃の話が聞けて楽しかったのだけど、去年「暮らし安心クラシアン」に引っかかって、トイレの水漏れに20~30万円も払ったことを聞いてビックリ。

トイレの便器まで交換したという。

年よりを商売のネタにする連中のことはよく知っていたけど、身近の親戚までエジキになっていたとは・・・

脱力でありました。

近頃は腰をいためて外出もできず、買物も一週間に1回ヘルパーさんに買ってきてもらう。

食事は一切つくらず、宅配に頼っているという。

金があってもなー、これはつらいよ。

帰り道、「長生きはするもんじゃない」とひそかに思いました。

私は長生きできそうにもないのは幸せなのかな(笑)。

 

天童市 プロ棋士養成事業を始める

 投稿者:マーキー  投稿日:2019年 2月28日(木)16時34分40秒 182-165-130-74f1.shg1.eonet.ne.jp
返信・引用
  2月27日に確定申告をしに某県某市の某税務署に行ってきました。

ぷーでも年金もらってるんだからさ、申告しなければいけないのよ(笑)。

例年と同じくすごい人で1時間半待ち。私と同じようなジジーとババ―ばっかり(笑)。平日の昼間だから当たり前か。

申告したら、いくらか返ってくるかと期待したけど「納付額はありません」だった。トホホであります。

ブルーな気分なので、明るい話題をご紹介。

われらが「あべしん」さんのブログ“山形発⇒あべしん将棋ブログ” http://abcnshogiblog.com/ に、面白い記事を発見。

将棋駒のまちとして有名な天童市がプロ棋士養成事業を始めるという。

「サッカー選手は一流になるため外語語を学ぶ、将棋指しは?(byあべしん, 山形発⇒あべしん将棋ブログ,2019/02/19 21:54)
http://abcnshogiblog.com/blog-entry-1147.html

ちなみに、あべしんさんはアマチュア五段で、あべけんこと阿部健治郎七段とは土岐田将棋道場の同門で、4歳年上(あべけんが小学1年のときあべしんは5年)とのことだから現在(多分)35歳。

「あべしんの将棋ブログ」は、現時点では最も面白いアマチュアによる将棋ブログだと思う。

あべしんさんの「プロ棋士養成事業」に対する評価はブログを参照してもらうことにして、山形新聞の記事を以下にはっておく。


天童からプロ棋士輩出を 悲願達成へ、市が新年度に養成事業(山形新聞,2019/02/19)
http://yamagata-np.jp/news/201902/20/kj_2019022000366.php

(引用開始)

「将棋のまちからプロ棋士を」という悲願に向けて、天童市は新年度、プロ棋士養成事業を始める。素質のある小学生に対し英才教育を行うほか、市内全域で出前教室を開き裾野を広げることにも努める。当初予算案に138万円を盛り込んだ。聖地から新たな一手を繰り出す。

最年少プロ棋士の藤井聡太七段(16)効果で、JR天童駅ビルの将棋交流室は、水曜と土曜の少年少女将棋教室の時間になると、市内外からの子どもたちで大にぎわいだ。去年10月の同時対局数イベント「二千局盤来(ばんらい)」でギネス記録を達成し市民の関心も高まった。「われわれの夢実現に弾みを付けるにこれ以上ないチャンス」と山本信治市長は熱く語る。

エリート養成、裾野拡大の2段構えで進める。プロ輩出に直結する前者は、教室に通う小学生のうち、特に才能ややる気にあふれる子を選抜。週2回の通常教室とは別に、月4回程度の特別講座を行う。少人数を対象にした特訓で、指導に当たるのはプロ棋士だ。

プロの登竜門である日本将棋連盟の奨励会には、これまで同教室から2人が入会したが、居住先は中山町と寒河江市。このため、養成の対象を天童市在住のみとするか、教室会員ならよしとするかは、これから詰めるという。

「市民の誰もが将棋を指せるまちづくり」がもう一つの狙いだ。市内12公民館で夏休み中、小学生を対象にした出前教室を2回ずつ開くとともに、交流室の開館時間を平日は午前中にも延長し、子どものうちから将棋に親しむ環境をつくる。

(引用終わり)

 

できそこないの男たち

 投稿者:マーキー  投稿日:2019年 2月23日(土)23時55分13秒 182-165-130-74f1.shg1.eonet.ne.jp
返信・引用
  以下は、2008年11月7日に書いたものである。

前半は、「福岡伸一:できそこないの男たち,光文社新書,2008年10月20日」の紹介。

後半は、slapstick bbs にupしたものである。


男はすべて「できそこない」であることを示した快著。生物は一般に女(メス)がデファクト・スタンダードであり、メスになりそこねたのがオスであるという。人間の場合受胎して6週間までは皆女になる道を進むのだが、精子がXY型の染色体をもっていた場合、7週間目から男への道がはじまる。

以下引用(同書pp.182-186)

地球が誕生したのが46億年前。そこから最初の生命が発生するまでにおよそ10億年が経過した。そして生命が現れてからさらに10億年、この間、生物の性は単一で、すべてがメスだった。

母が自分と同じ遺伝子を持った娘を産むこの仕組み、すなわち単為生殖は、効率がよい。今でも単為生殖で増殖している生物はアリマキを始めとしてたくさん存在する。好きなときに誰の助けも必要とせず子どもを作ることができる。

しかしこの単為生殖のシステムにはひとつだけ問題点があった。自分の子どもが自分と同じ遺伝子を受け継いで増えていくのはよい。しかし、新しいタイプの子ども、つまり自分の美しさと他のメスの美しさをあわせもつような、いっそう美しくて聡明なメスを作れないという点である。環境の大きな変化が予想されるようなとき、新しい形質を生み出すことができない仕組みは全滅の危機にさらされることになる。

メスたちはこのとき初めてオスを必要とすることになったのだ。
つまり、メスは太くて強い縦糸であり、オスは、そのメスの系譜を時々橋渡しする、細い横糸の役割を果たしているに過ぎない。

本来、すべての生物はまずメスとして発生する。なにごともなければメスは生物としての基本仕様をまっすぐに進み立派なメスとなる。このプロセスの中にあって、貧乏くじを引いてカスタマイズを受けた不幸なものが、基本仕様を逸れて困難な隘路へと導かれる。それがオスなのだ。

ママの遺伝子を、誰か他の娘のところへ運ぶ「使い走り」。現在、すべての男が行っていることはこういうことなのである。アリマキのオスであっても、ヒトのオスであっても。


イタコ:ごぶさたしてます。今日は何のお話しで?

吉行 :『できそこないの男たち』(福岡伸一,光文社新書)を読んで興奮しちゃってさ。昔から疑問に思っていたことが解明されているというか、「あッそうなんだ」という感じね。何故男が弱いのか、それは生物学的には男は全てできそこないだからである、というみもふたもない結論なんだけど・・・。

イタコ:正確に言うと、生物は全てメスになるように生まれてくるのに、途中でY染色体の作用によって男になってしまう、そういう意味の「できそこない」ですよね。

吉行 :Y染色体の写真があるけど、X染色体に比べると小さくて半分以下なのね。しょぼっとした感じで。女よりも寿命が短くて、病気になりやすいのが男というのもよくわかった(苦笑)。

イタコ:『春夏秋冬女は怖い』を読んでも、何故女がこわいか延延と説明してあって、吉行さんの「女はこわい」は、ホンネじゃないかなーと思っていました。大久保さんが、(新潮社版)全集の月報で「どうしたら女から自由になれるか」が吉行文学の柱のひとつになっていると書いてますが、これも「女は怖い」とセットなんですよね。

吉行 :理不尽な「怖さ」というか、こっちは何も悪いことしていないのに突然怒り出すとか・・、女にはよくわからないところがある。(雑誌社の)注文もあるからいろいろ書いたんだけど、分子生物学からの発想というのはなかった。

イタコ:文章もいいですよね。「第7章アリマキ的人生」から引用します。

「本来、すべての生物はまずメスとして発生する。なにごともなければメスは生物としての基本仕様をまっすぐに進み立派なメスとなる。このプロセスの中にあって、貧乏くじを引いてカスタマイズを受けた不幸なものが、基本仕様を逸れて困難な隘路へと導かれる。それがオスなのだ。
ママの遺伝子を、誰か他の娘のところへ運ぶ「使い走り」。現在、すべての男が行っていることはこういうことなのである。アリマキのオスであっても、ヒトのオスであっても。」

この「困難な隘路へと導かれる。」というところが泣けます。

吉行 :・・・(苦笑)。アリマキは春から秋までは単為生殖でメスばかり産んで、秋も深まった頃になるとオスを産む。メスよりも体が小さくて仕事はセックスだけ(笑い)。そしてこのオスと交尾したメスは卵を産んで(通常はアリマキの形で産む)、その卵が地面の葉っぱの下とか暖かいところで冬をすごして、春暖かくなると生まれてくる。生まれたアリマキはXXの染色体を持ったメスばかり。アマゾネスみたいだけど、秋が深まって寒くなると自然に男を産むというところがすごい(笑い)。

イタコ:吉行さんが元気な頃だったらすぐに対談してますよね。

吉行 :「女性自身」か(笑い)。ちょっとひねって「週刊現代」か(注 女性自身は光文社発行。そして光文社は講談社グループに属する)。

イタコ:吉行さんは「群像」の鼎談にはよく登場しましたが、「週刊現代」は小説の連載だけですね・・・。雑誌社によって使いわけていた・・・

吉行 :結果的にそういうことになるけど、編集者とのつきあいが大きかった。村松がそこのところをうまく書いてるよね。

to be continued

 

村上春樹氏への手紙

 投稿者:マーキー  投稿日:2019年 2月21日(木)23時58分14秒 182-165-130-74f1.shg1.eonet.ne.jp
返信・引用
  以下は、2006年5月15日に書いたものである。


村上春樹様

はじめまして、マーキーと申します。1950年生まれ、建設コンサルタント勤務です。

いわゆる「団塊の世代」の端に属して、若いときには学生運動、50代に入ってから鬱病、リストラと、いちおう「時代のハヤリモノ」は全て経験してきました。

私は高校生の頃から吉行淳之介ファンで、『風の歌を聴け』が出版されたときにはすぐ購入したものの、春樹さん(失礼とは思いますが、村上龍氏と区別するために「春樹さん」と呼ばせてください)のあまり良い読者ではありませんでした。

私が春樹さんの著作をよく読むようになったきっかけは、吉行さんのファンサイトに、高校生の人が「春樹さんの村上アサヒ堂を読んで、興味を持ちました。」と言って来られたのがきっかけでした。それ以来、主に春樹さんのエッセイを中心に読んできました。

私がずっと気にかかっているのは、春樹さんにとって吉行さんはどんな存在なのだろうということです。

『意味がなければスイングはない』には、マイナーポエットの代表みたいな形で吉行さんのことがでてくるし、『若い読者のための短編小説案内』で「水の畔」を論じる時も、「吉行」と「吉行さん」が混在していて、他の「第三の新人達」とは明らかに違う感じがします。

『やがて哀しき外国語』では、「あるいは吉行淳之介の文章はワープロやパソコンでは書けない」と、漱石や谷崎、三島と同列に評価(?)していただいたり、『樹々は緑か』の英訳から和訳されていますよね。

吉行ファンの私はぐっときました。春樹さんにとって吉行さんは何か特別な存在だったような気がするのですが、あってますか?

春樹さんが「煉瓦を積むように」自分の文体を作ってこれれたことはすごいことだと思います。

幸い吉行さんとは違って、春樹さんはまだボストンマラソンに参加できるほどお元気なので、私たち読者はこれからもずーっと春樹さんの作品を読む幸福に恵まれています。

ご健筆を祈念しております。
 

まり子さんの千フラン

 投稿者:マーキー  投稿日:2019年 2月21日(木)23時13分11秒 182-165-130-74f1.shg1.eonet.ne.jp
返信・引用
  以下は2002年4月4日に書いたものである。


吉行さんと宮城まり子さんがヨーロッパ旅行にでかけたのは、1964年。まだ1ドル360円の時代だった。

パリで先に帰ることになったまり子さんは、「娼婦の小説を書いているのだから遊ばなくてはいけないわ」と千フランを吉行さんに渡したという(文春文庫『淳之介さんのこと』,2003)。

パリで友人の江崎氏を訪ねた吉行さんはパリを去るときに、「よかったらもらってくれないか」といってパリで購入した炊飯器等一式を渡したが、「泣かせることにナポレオン札(1000フラン)がしのばせてあった。」のは有名なはなし。

遊びの達人でもあった吉行さんは、妻(籍は入ってなかった)からもらった金で遊ぶのをいさぎよしとしなっかたのだろう(ここが私なんかと大いに違うところ)。

江崎氏の「パリの吉行淳之介」の載った『モンパルナス動物誌』(ノーベル書房)が出版されたのは1969年。

当然吉行さんにも献本されたはずだから、まり子さんもそれを読んで見直したのではなかろうか。

吉行さんのことだから、帰国して江崎さんと会って鰯の塩焼きをごちそうしてもらった話はしても、千フランの話はしなっかったのではなかろうか。

当時のレートは1フラン40円くらいと思われるから千フランは4万円。

今の感覚でいうと10万円くらいか。ナポレオン札というところがなまなましくなくていいと思うのであります(笑)。

 

藤井聡太七段、史上2人目の朝日杯連覇

 投稿者:マーキー  投稿日:2019年 2月18日(月)13時34分57秒 182-165-130-74f1.shg1.eonet.ne.jp
返信・引用
  例によって、こんなことしてる場合じゃないんだけど、記録のためのメモ。

「高校生棋士、藤井聡太七段(16)が16日、東京都千代田区の有楽町朝日ホールで行われた第12回朝日杯将棋オープン戦(朝日新聞社主催)の決勝で渡辺明棋王(34)に128手で勝ち、史上2人目の2連覇を果たした。全棋士が出場するトーナメントで昨年に続いて頂点に立ち、トップレベルの実力を改めて示した。」

藤井七段、史上2人目の朝日杯連覇 「成長できた」(朝日新聞デジタル,2019/02/16 18:46)
https://www.asahi.com/articles/ASM2J513WM2JUCVL009.html

藤井聡太七段はこの朝日杯の対局(準決勝・決勝)の直前、2月12日に王将戦一次予選における池永天志(愛称テンテン)四段との対局では、終盤奇跡の大逆転勝ち(池永四段が寄せをまちがえた)をしており、調子はあまりよくないのではと心配していた。

「将棋がよれている」と(生意気にも)思ってしまった。

準決勝の相手は行方八段だったので、本格派の行方八段との対局で勝っても負けても調子が戻ればと考えていた(3月5日の順位戦がだいじ)。

16日当日はAbemaTVでネット観戦。解説は高見叡王と深浦九段。お二人とも解説は明快で面白い。

行方八段との対局は行方八段が先手番。行方八段は矢倉を採用、藤井七段は早繰り銀で急戦志向。

わたし的には、藤井七段が8筋で銀交換して飛車先の歩を切った後、先手の▲2五歩(33手目)に対し△6四歩(34手目)とついたのが深慮遠謀の一手。

続いて、▲1六歩(35手目)、△1四歩(36手目)と端歩をつきあったけど、局後行方八段はこの▲1六歩(35手目)を後悔していた。後手から△1五歩の端攻めの味があって、先手指しにくいらしい。

わたし的には、藤井七段の△8五銀打(46手目)で△7七桂(47手目)を強制してから、△7四銀(48手目)と高位置に銀をバックしてから、▲9七角(49手目)、△7五歩打(50手目)、▲8八角(51手目)、△7三桂(52手目)で、△6四歩(34手目)を生かした攻撃態勢を整えた手順に感心した。

この将棋については以下を参照のこと。

朝日杯将棋オープン戦準決勝 藤井聡太七段ー行方尚史八段徹底解説(by元アマ名人承太郎)
https://www.youtube.com/watch?v=_vJRvYa7yOA


もうあまり時間もないので、あとはできるだけコピペ(笑)。

渡辺棋王との将棋は渡辺棋王の先手番。藤井七段は、朝日杯は四局とも後手番になった。

渡辺棋王の作戦は準決勝と同じ雁木。千田六段との対局のとき、解説の深浦九段は「渡辺さんの朝日杯仕様の作戦と思います。」と語っていた。

対局後、藤井七段は「(昼食の前に)午前中の将棋の棋譜をもらったので助かりました。」と語っていたから、「雁木があるかも」と想定していたと思う。

将棋は、先手後手とも雁木(相雁木)となったが、先手が▲2六銀(35手目)から、△5四銀(36手目)、▲3五歩(37手目)、△4五歩(38手目)、▲同歩(39手目)、△5五角(40手目)、▲3七銀(41手目)、△3五歩(42手目)、▲5六歩(43手目)、△3三角(44手目)、▲4六銀(45手目)と、銀を繰りかえた所では先手が良いと思われた。

深浦九段は、「(渡辺棋王の)銀の繰りかえはさすがですね」と語っていた(2六銀より4六銀の方が働きが良い)。

藤井七段の師匠の杉本七段は、18日、朝日放送のテレビスクランブルで「(40手目の)△5五角には(先手の銀の繰りかえを許すので)違和感があった。」と語っていた。局後藤井七段に5五角の意味について聞いてもよくわからなかったという。

遠山雄亮六段がAIで解析したところ、そんなに差はついてないという。

藤井聡太七段は、トッププロの「本気」を跳ね返した(by遠山雄亮,YAHOOニュース,2019/02/17)
https://news.yahoo.co.jp/byline/tooyamayusuke/20190217-00115109/

将棋は渡辺棋王の一瞬のスキをついた藤井七段の△3五金打(86手目)で後手有利になって、藤井七段がそのまま押し切った。

△3五金打を見た瞬間、渡辺棋王の顔がゆがんだ。「あんな顔つきの渡辺さん見たことがない」「扇子を食べてますよ」と深浦九段。

以下、渡辺棋王のブログからコピペ。

渡辺棋王も藤井聡太七段の強さを認めてくれたのは嬉しい(笑)。

朝日杯準決勝決勝(by渡辺明,渡辺明ブログ,2019/02/16)
https://blog.goo.ne.jp/kishi-akira/e/8ed18a93f4c6bc7747504feaf27f8e50

(引用開始)

決勝、藤井七段戦。

図の△34歩に対して▲75銀と打つのが唯一のチャンスでしたが、全く気が付きませんでした。

なので藤井七段は「図の1手前の△34歩では△75銀だった」という二回り上(こっちは▲75銀に気が付いてないので△34歩が疑問手なんて夢にも思わない)の反省をしていて、大盤解説で佐藤名人と二人掛かりでも先手が良くならなかったですね。

先手番で角換わりを拒否してまで作戦を主張して、相手の対策が十分ではない状況なら少なくとも「指し易い~やや有利」くらいにはなることが多いんですが(それが先手番の有利性でもある)

それを互角で乗り切られて、図の▲75銀しかチャンスが無い、なおかつこっちは全く気が付かないのに相手は全部読んでるってことがあるのかな、と(笑)・・・

序盤も理解度が深いし、弱点が見当たらないんですが、たまには負けたり苦戦する将棋もあるはずなので、次回までにそれを研究したいと思います。

(引用終わり)
 

「中国最強商社」伊藤忠を襲った身柄拘束

 投稿者:マーキー  投稿日:2019年 2月18日(月)06時33分2秒 182-165-130-74f1.shg1.eonet.ne.jp
返信・引用
  記録のためのメモ(コピペ)。

中華人民共和国反間諜法:(簡体字: 中?人民共和国反??法、英語: Counter-espionage Law of the People's Republic of China)は、2014年に制定された中華人民共和国におけるスパイ活動を取り締まる機関の活動などについて規定した法律。 メディアでは「反スパイ法」と表現されることがある。 @wikipedia

この法律が「当局」によって有痛無碍に「活用」されることは、戦前の日本におけるあまたの事例や、北朝鮮によるアメリカ人旅行者の拘束(「人質外交」のため)や、華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟副会長逮捕以降、中国でカナダ人13名が拘束されたことでも明らか。

中国、カナダ人13人拘束=ファーウェイ幹部逮捕以降(時事ドットコムニュース,2019/01/04)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019010400969&g=int

中国によって、伊藤忠商事社員が「反スパイ法」違反容疑で1年も前に拘束・起訴されたことが報道された。ビックリしたのは1年間も何の報道もなかったこと。

海外旅行すると日本外務省が何のあてにもならないことが痛感されるのでありますが、これはヒドスギルと思うものであります。

困るのは、どのような行為が「反スパイ法」違反になるのかを、「中国政府は拘束や起訴に至る明確な基準を対外的に示していない。」こと。

「過去の事例で問題となった点を見ると、軍事拠点として整備されていた島の周辺で写真を撮影していたり、温泉開発の調査をする中で機密に当たる地形を調べていたりと様々だ。」そうであります。

中国に旅行される方は、「スマホでバシャっ」とするときはくれぐれもご注意くださいませ(笑)。


中国 伊藤忠社員拘束、認める(by河津啓介,毎日新聞デジタル,2019/02/16)
https://mainichi.jp/articles/20190216/ddm/041/030/128000c?pid=14537

(引用開始)

大手商社・伊藤忠商事の社員が1年前から中国当局に拘束されている問題を巡り、中国外務省の耿爽(こうそう)副報道局長は15日の定例記者会見で、「法律に違反した疑いのある日本人を、法に基づいて処理した」と述べ、拘束を事実上認めた。耿氏は詳細は明かさず、「日本側が、自国民に中国の法律を尊重するよう注意喚起することを希望する」と述べた。

関係者によると、40代の男性社員が昨年2月、中国滞在中に国家安全局から身柄を拘束された。同局はスパイ行為を取り締まる部門。男性は昨年6月に起訴され、初公判が既に開かれたという。

(引用終わり)


「中国最強商社」伊藤忠を襲った身柄拘束(by広岡延隆,日経ビジネス電子版,2019/02/15)
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00002/021500092/

(引用開始)

伊藤忠商事の日本人男性社員がおよそ1年間にわたり中国当局に拘束されていることがわかった。昨年2月に中国の国家安全を害した疑いでスパイ行為などを取り締まる広東省広州市の国家安全局で拘束され、同6月に国家機密情報窃盗罪で起訴されたという。伊藤忠は拘束されている事実を認めている。

伊藤忠は国有企業の中国中信集団(CITIC)と資本業務提携を結び、丹羽宇一郎元社長が2010~12年に民間出身として初めて駐中国大使を務めたこともある。広州では中国企業と共同でリニア地下鉄車両を受注するといった実績がある。「中国最強商社」を自認し、関係強化に力を注いできた同社を襲った突然の出来事に、衝撃が広がっている。現地の伊藤忠社員は「拘束の事実はまったく知らなかった」と動揺した様子で語った。

中国では2014年に「反スパイ法」が施行され、国内での外国人の取り締まりが強化された。国外の組織などのために違法な手段で国家の機密や情報を取得する行為には国家機密情報窃盗罪が適用され、最高刑は死刑という重罪だ。今回の事例を含めて合計で少なくとも9人の邦人が拘束された。他の8人もすでに起訴されており、そのうち4人には懲役5~12年などの実刑判決が下されている。

どのような行動をすると、中国の国内法に触れる可能性があるのか。過去の事例で問題となった点を見ると、軍事拠点として整備されていた島の周辺で写真を撮影していたり、温泉開発の調査をする中で機密に当たる地形を調べていたりと様々だ。

今回、同社員は中国入国時に捕まったとの報道もあり、以前の中国国内での行動で当局に目をつけられていた可能性がある。中国では日本人には一見わからないような場所が軍の管理地域になっていることがあるほか、地図情報なども国家機密に当たることに注意が必要だ。

中国外務省の華春瑩副報道局長は14日の記者会見で「状況を把握していない。主管部門に聞いてほしい」と述べるにとどめており、詳細は明らかになっていない。拘束されたのは日中関係が改善に向かっている時期のことで、政治的な思惑があるとは考えにくい。中国政府は拘束や起訴に至る明確な基準を対外的に示していない。友好的な位置付けにあるとみられる企業の社員をその対象としたことは、中国での日系企業の活動を萎縮させる可能性もある。

(引用終わり)

 

韓国の「積弊清算」について思ったこと

 投稿者:マーキー  投稿日:2019年 2月13日(水)05時43分54秒 182-165-130-74f1.shg1.eonet.ne.jp
返信・引用
  例によってこんなことしてる場合ではないけれど、記録のためのメモ。


今、韓国は「革命」中である。「積弊清算」の嵐が吹き荒れている。

「文化大革命」のスローガンは「造反有理」だったけど、「韓国革命」の場合は「積弊清算」ということなのだろう。

文在寅は「積弊清算」を訴えて大統領に当選した。彼は公約を忠実に実行しているだけと言える。

菅野明子氏が「韓国国民が望む「積弊清算」とは」という興味深いレポートを2017年5月に書いている。

韓国新大統領、文在寅に韓国国民が望む「積弊清算」とは?(by菅野朋子,文春オンライン,2017/05/10)
http://bunshun.jp/articles/-/2476?page=2

(引用開始)

文大統領は選挙前の最後の遊説を、朴前大統領を弾劾、罷免に追いこんだロウソクデモの聖地、ソウル市中心部の光化門広場で開いた。(略)「積弊清算」とは、過去の政権時代に積もった弊害=不正、そして不公正な社会構造を清算するという意味を持つ。遊説に集った人々に文大統領を支持する理由をひとつ挙げてほしいと問うと、皆この「積弊清算」を挙げた。

20代後半の女性の話は印象的だった。

「私はまだ正社員で働けない。こんな酷い社会にして問題を解消できていないのは、この9年間続いた保守政権の政策の失敗からです。彼らの不正を一度正してから、文候補には大統領になって新しい政治を行ってほしい。『積弊清算』を確かにできるのは文候補しかいないんです」

(引用終わり)

「積弊清算」を国内で遂行するのは韓国国民のかって(権利)だけど、日韓関係にまで及んでくるのは勘弁してほしいと思う。

「国と国の約束事まで清算して下さい」というのは「筋が通らない」と思う。

安倍内閣の支持率が47%もあるのは、文在寅大統領の反日姿勢のおかげじゃないかなー(笑)。

文在寅大統領は「日本は過去の歴史に謙虚であるべきだ」と日本政府に不快感を示したけど、これは韓国国民みなが持つ反日感情をきれいな言葉で表現したものとみるべきだろう。

3・1運動100周年を目前にひかえた今、ハンギョレ新聞に興味深いコラムをみつけたのでコピペ。

筆者はキム・ヌリ中央大教授(独文学)。「韓国は過去の清算ができてないからダメなんだ。」という思想の持ち主らしい。

キム・ヌリ氏によれば、「過去をめぐる闘争は、未来に向けた闘争だ。過去を支配する者が未来を支配する。韓国の民主改革勢力の度重なる失敗は、まさに“過去闘争” “歴史戦争”を放棄したところに起因するという事実を忘れてはならない。」そうである。

「過去は水に流す」という日本の歴史文化とは真逆。

特に朴正煕(パク・チョンヒ)大統領に対して、「日本軍の将校が解放された国の大統領になり、それでも足りずにその娘までが大統領になる国」と全否定しているのは納得できない。

朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の重工業化政策・韓国近代化路線が韓国の経済発展の礎を作ったのは否定できない事実(と思う)。

歴史を公正に評価できない人(人たち)とはつきあいたくないとつくづく思うものであります(笑)。


大韓民国100年、清算なき歴史(byキム・ヌリ中央大教授・独文学 ,ハンギョレ新聞日本語版デジタル,2019/02/11)
http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/32758.html

(引用開始)

2019年は歴史的な年だ。2・8独立宣言、3・1革命、上海臨時政府樹立がすべて100周年をむかえる。“大韓民国”が、自主独立運動の火の手に乗って遠い他国で誕生してから1世紀を迎えたということだ。

大韓民国が経てきた過去の1世紀は、実に残酷な時代だった。近代史のあらゆる矛盾と葛藤を、私たちほど尖鋭に体験した国は世界中どこにもない。植民支配、冷戦と分断、戦争と軍事独裁で綴られた韓国現代史は、そのまま帝国主義、民族主義、社会主義、資本主義、民主主義という近代のすべての理念が互いに衝突し絡まった歴史の現場だった。

過去100年の韓国現代史を振り返り最も驚くべき点は、苛酷な歴史による多くの悲劇にもかかわらず、過去がまともに清算されたことがただの一度もないという事実だ。大韓民国ほどに、過去が清算されなかった国が他にあるだろうか?日帝の高等警察の刑事が解放後にも独立闘士を尋問した国、日本軍の将校が解放された国の大統領になり、それでも足りずにその娘までが大統領になる国、ファシスト親日派が作った歌を“愛国歌”として歌う国―それが大韓民国だ。親日の過去清算と関連してみれば、解放された空間で親日派が民族主義者を制圧した「反民特別委」の武装解除が歴史の行方を決定づけた分岐点だった。

問題は親日の過去だけではない。良民虐殺の過去、軍事独裁の過去、司法殺人の過去、拷問犯罪の過去、御用学問の過去…。何一つまともに清算されたことがない。今も変わらず多くの盧徳述(ノ・ドクスル)、宋堯讚(ソン・ヨチャン)、朴正煕(パク・チョンヒ)、梁承泰(ヤン・スンテ)、李根安(イ・クンアン)、葛奉根(カル・ボングン)が、この社会を支配しているのが私たちの現実だ。

清算されなかった過去は、韓国社会の隅々に漂っている微妙な悪臭の震源だ。特に親日の歴史、独裁の歴史は、現在進行形だ。新聞を広げてみよう。「慰安婦」被害者と強制徴用賠償問題、スパイ操作事件、5・18(光州民主化運動)に対する妄言などは、すべて清算されなかった過去から発散される日常化された悪臭だ。

過去清算は、社会改革の前提条件だ。過去清算なしには社会改革もない。ドイツの場合を見てみよう。ドイツの68革命は「過去清算革命」であったし、これを通じてドイツは「過去清算の国」としてよみがえることができた。これが70年代の全面的な社会改革の強固な土台になった。私たちの場合、ろうそく革命の熱気がこれほど簡単に冷えていった理由は、ドイツとは異なり政治革命が過去清算革命に一歩進むことができなかったためだ。

過去の清算はまた、国家発展の動力でもある。ドイツは徹底した過去清算を通じて国際的に道徳的権威を回復し、国内的には社会的正義を実現した。これが国家発展の踏み台になったことはもちろんだ。それに対して、韓国は過去清算の不在により国際的に道徳的権威を認められず、国内的には冷笑主義と虚無主義が拡散する国になった。韓国社会を取り巻く巨大な無力感と敗北主義の根源は、清算されなかった過去につながっている。

新たな100年を目前に控えた大韓民国の最優先課題は、清算されずにきた過去が吹きだす“百年間の悪臭”を取りはらうことだ。これ以上、過去の清算を猶予できない。裁判所、検察、警察、国家情報院、国会、学校など、社会の各領域で、過去に対する断罪までではなくとも、少なくとも冷徹な評価作業は実施されなければならない。

過去をめぐる闘争は、未来に向けた闘争だ。過去を支配する者が未来を支配する。韓国の民主改革勢力の度重なる失敗は、まさに“過去闘争” “歴史戦争”を放棄したところに起因するという事実を忘れてはならない。

(引用終わり)
 

レンタル掲示板
/49