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他MLより転載

 投稿者:おっちゃん  投稿日:2004年 5月30日(日)10時13分5秒
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  おはようございます・・おっちゃん
MLのメンバーから紹介されました下記のHP
ちょっと紹介したくって・…


http://www.ktroad.ne.jp/~dojuzi/dojuzi19.html
上記ページの一部を紹介します。

________________________

『 君 看 よ 』

私が中学三年生の時だった。クラスは別々だったが、一番仲の良い友人がい
た。彼と私は剣道をやっていて、いつも一緒に練習をして、帰りも一緒に帰
り、時々はお互いに泊まりに行ったりもしていた。

その彼のお母さんが病気になり、三か月ほど入院して亡くなってしまった。
彼は剣道部をやめて、授業が終われば直に家に帰るようになった。私はその
まま剣道を続け、彼とは なるべく会わないようにした。

ある日、バスの停留所で彼とばったりと出会った。
「お前、最近少しも声を掛けてくれないじゃないか…。元気にしとるのか。」
と彼が話しかけてきた。私は、
「お前となんか会いたくない…。」
といって、つい涙がぽろぽろと溢れてしまった。

十五、六才の未熟な私には、友人を慰めるだけの言葉を持ち合わせていなか
ったので、彼に会わない事が、私のせめてもの友情の気持ちだったのだ。
彼も私の涙を見て、ぽろぽろと涙をこぼした。あれから二十五年経ち、さま
ざまな哀しい場面に遭遇してきたが、やはり言葉が出てこない。何か慰めの
言葉を捜しても、そこには空々しい気持ちが残るだけだ。人は本当に哀しい
時には、眼で語るしかない。

良寛さんが最も愛した言葉に、

『君看双眼色、不語似無愁』
(きみみよそうがんのいろ、かたらざればうれいなきににたり)

というのがある。これは言葉を費やして、おれは苦労した、悲しい想いだ、
などと云うよりも全ては二つの眼の中に含まれている。口に出すだけ野暮と
いうものだ。黙っていても人生の喜びや楽しみ、悲しみや苦しみ、そして哀
しい想いを した人は、その眼が全てを語っている、という意味ではないだろ
うか。

 
 
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