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藤井聡太四段のバリバリ財布~ちょっといい話~

 投稿者:マーキー  投稿日:2017年11月18日(土)23時09分13秒 182-166-44-189f1.shg1.eonet.ne.jp
返信・引用
  藤井聡太四段が29連勝していた頃、インターネット中継で最も注目されたのは昼食メニューとバリバリ財布。

バリバリ財布のいわれは、お金を出すときにマジックテープをはがす音が「バリバリ」って聞こえるから。

音を聞きたい方はこちら。

藤井聡太四段 財布バリバリ
https://www.youtube.com/watch?v=lUGqeYYZSoM

実はこの財布は、小学四年生のときに奨励会入会のお祝いとしてプレゼントされたもの。

藤井四段はその財布をプロになってからも使い続けていたのであります。

67歳のジジイはそれを知って泣きそうになりました(笑)。

 
 

藤井聡太四段、順位戦6連勝~将棋ライブは解説者が重要~

 投稿者:マーキー  投稿日:2017年11月 4日(土)16時23分10秒 182-166-44-189f1.shg1.eonet.ne.jp
返信・引用
  藤井聡太四段が、11月2日に行われた順位戦C級2組の対局で、脇謙二八段(57)に70手で勝ち、順位戦6連勝とした。またこれで、9月14日に順位戦で佐藤慎一五段に勝利してからの連勝記録を10に伸ばした。

7月2日、佐々木勇気五段に30連勝記録を阻まれてから、一時勝率が7割を切るなど「不調」が心配されたけど、最近はすっかり復調したみたいで嬉しい(ちなみに、7月2日~9月7日の成績は10勝6敗)。

藤井聡太四段、順位戦6連勝 高校進学にも言及「時間的制約あるが集中して強くなりたい」(産経WEST,2017/11/04 21:27)
http://www.sankei.com/west/news/171102/wst1711020090-n1.html

藤井聡太四段の公式戦成績/49勝6敗 まとめ(日刊スポーツ,2017/11/03)
https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/201709130000346.html

藤井四段再び連勝中!【杉本師匠ウラ話】
https://www.youtube.com/watch?v=XO_mVlsHT8M

プ~太郎のジジイは、AbemaTVとニコニコ動画の両方を観戦していたわけでありますが、解説の面白い方の音声をONにしていました。“ミルショー”が市民権を得た現在、「解説」の巧拙もこれから重要になってくると思う。

AI将棋ソフトがプロ棋士よりも強い現在、人間味のある解説者が好まれると思う。ボケてみせる解説者が私は好き。

10月19日のAbemaTV藤井聡太四段vs小林裕士七段(王位戦予選)で、「これは、小林七段の重いパンチ(飛車取り詰めろ)が入りました。」「でも29連勝した人が簡単に負けると思えないし・・」と迷解説(?)してくれた高野秀行六段。その直後に、藤井四段の△32銀(飛車取りを放置した受けの妙手、ソフト推奨手)の妙手がでて、藤井四段の快勝となった将棋だったけど、カメラの前で悩んでくれる棋士は貴重だと思う。

高野秀行六段は、藤井聡太四段がデビュー後15連勝を記録した直後、「性能の良いマシンが参戦すると聞いて、フェラーリやベンツを想像していたらジェット機が来たという感じ」と語って、ワイドショーでも引用された。藤井聡太四段のファンだと思うので、今後も藤井聡太四段の将棋の解説での登場を期待するものであります(笑)。

11月2日の藤井聡太四段vs脇謙二八段の対局のニコニコ動画の解説役だった星野良生四段も面白かった。本多小百合女流三段に、「星野先生も藤井四段と対局したことがあるんですね」とふられると、素直に、前回の順位戦での敗局の印象を話してくれた。

「見えない角度からパンチがとんでくる感じでボコボコにされました。」

星野四段が先手番でゴキゲン中飛車、藤井四段が後手番で角道を開けない超速。後手番なのに、先手番と同様に△8六歩~△7三桂と仕掛けられたのに驚いたという。勝負師としては心配な面もあるけど、こういう素直な感想をいう星野四段は好きです(笑)。

11月2日の対局で感心したのは、藤井四段の8四竜と引いた手と最終手の6四銀。有利になってから急がない。大昔、「ゲキ辛」とか「友達をなくす手」という言葉が流行ったけど、藤井四段もプロになってから丸一年たって(まだ15歳だけど)、勝つまではタイヘンということが身に染みてわかってきたのだろう。8四竜はそんなことを感じさせる手だった。

そして6四銀は「相手の心を折る手」だった。自陣は何も傷のない相手が腰を落として攻めて来たら(そして相手が終盤間違えない藤井四段だったら)、投了したくなる気持ちになっても無理はない。ニコニコ動画には、「投了早すぎ」といったコメントが並んだけど、脇八段は次の対局のことを考えて早く投了したと思う。「勝つときは長手数、敗けるときは短手数」というのが、島九段がよく勝っていた当時のスローガンだったことを思いだしたから。脇八段は多分、これから勝ちだすと思う(wishful thinking?)。

藤井聡太四段 VS 脇謙二八段 予期せぬ投了に皆ビックリ~終局後解説【順位戦 C級2組】
https://www.youtube.com/watch?v=fWiym1_me0A

 

AIの盲点

 投稿者:マーキー  投稿日:2017年10月31日(火)06時00分13秒 182-166-44-189f1.shg1.eonet.ne.jp
返信・引用
  先日、面白い記事を発見。10月札幌で開かれたITなどの国際コンベンション「No Maps」のカンファレンス「将棋が見せてくれた人工知能の世界」を、田中徹氏がレポートしている。

史上最強棋士はだれか 将棋AIが出した答えは(by 田中徹,DG Lab Haus,2017/10/25)
http://media.dglab.com/2017/10/25-shogiai-01/

カンファレンスのパネルディスカッションの中で、千田翔太六段は、AIソフトが将棋界に与えた影響について次のように語っている。

(引用開始)

「将棋AIが(指し手の)評価値を出してくれるのが大きい。それが信用できるかは分からないが、人間よりは正確。AIと対局することで、人間が終盤で間違えることが分かり、終盤に時間を残すようになった。特に序盤戦、定跡の変化が代表的で、堅い陣形からバランス型に変わり、駒の配置や効きを重視する陣形になっている。」

(引用終わり)

3、4年前までは、「固い、攻めてる、切れない」という表現があるくらい、自分の方は固く囲い(例えば穴熊)、ドーンと攻めていくのが勝つコツと言われていた。AIソフトの特徴は、「仕掛けが早い」所にある。「固く囲ってから」と思っても、急戦で来られて敗戦という憂き目にあってしまう。千田六段の「堅い陣形からバランス型に変わり、駒の配置や効きを重視する陣形」への変化も、こうした事情が影響しているのだろう。

私がオヤと思ったのは、山下宏氏の「歴代名人の強さ」というスピーチ。山下氏が講演に使用したスライドは下記参照。

山下宏:歴代名人の強さ, 2017年10月13日札幌NoMaps
http://www.yss-aya.com/20171013yama.pdf

山下氏はAIソフトと比較することによって、歴代名人のタイトル戦の棋譜の中から「悪手」をみつけ、「悪手率」をベースに歴代名人のレーティングを算出している。それによれば、

大山康晴十五世名人、3000前後で推移(年平均16局)。
中原誠十六世名人、3100前後で推移(年平均18局)。
谷川浩司九段、3100前後(年平均12局、ただし、年ごとのバラつきが大きい)。
羽生善治棋聖、3300前後で推移(年平均22局)。

となった。

大山康晴十五世名人と羽生善治棋聖のレーティングには300の差があるから、「もしも全盛時の羽生善治棋聖と大山康晴十五世名人が10回対局すると、8勝2敗で羽生棋聖が勝ち越すと推定される」というが、これには違和感がある。「悪手率」から、大山名人のレーティングを算出したために、大山名人のレーティングはかなり低く算出されたのではないだろうか。

というのは、大山名人は「わざと“悪手”を指す」のでも有名だから。大山名人は「勝負の鬼」であって、個々の手にこだわらない人であった。たとえ、それが“悪手”であっても、相手のミスを誘う手であれば“立派な勝負手”である、というのが大山名人の将棋観であったろう。

AIソフトに「勝負手」を指すことはできないが、人間にはできる。ここを見落とすと、ちょっとマズイと思うのであります(笑)。

 

Re: 惑わすつもりはないのだけれども

 投稿者:マーキー  投稿日:2017年10月31日(火)05時56分19秒 182-166-44-189f1.shg1.eonet.ne.jp
返信・引用
  > 僕はどうも「引用」されるのが好かないのです(笑)

> 恐らく僕は実生活においては詩人的な傾向はあるのでしょう。

江田さん、カキコありがとうございました。

ムチャ嬉しいです。

とりあえず江田さんのご健在が確認されて、それがとても嬉しかったです。

江田さんの影響なのか、年来「詩と物語」について考えていて、この前思いついたことがあります。

それは、「物語は意識を眠らせ、詩は覚醒させる」というものです。

迫りくる恐怖の現実から逃げるためには、物語はきわめて有効な道具です。

先日は、1冊100円の半沢直樹ものを一気に2冊読んで自分でもあきれました(笑)。

またのご来場をお待ちしております。

どうぞお元気でお過ごしくださいませ。
 

惑わすつもりはないのだけれども

 投稿者:江田昭宏  投稿日:2017年10月28日(土)19時03分49秒 KD106154001217.au-net.ne.jp
返信・引用
  「マーキーのマジメ半分日記」実は時々面白く拝見しております。

題名通り、惑わすつもりはないのです。
気がつけば、数年過ぎているというのが実感です、再来年は50歳ですが、どうも僕はまだ若いですな。

いや、楽しく読ませていただいておりますよ。引用が多いのが困りまして、僕はどうも「引用」されるのが好かないのです(笑)
特に、学級新聞でも**人は読んでいる、という娘さんの発言には爆笑しました。インターネットは恐ろしいもので、時間や空間を超えて読まれる傾向にあるのですね。

僕は今、酔っ払っています、恐らく僕は実生活においては詩人的な傾向はあるのでしょう。

世の中に出るつもりはありませんが、出ないつもりもありません。

本当は、金儲けをして、のんびり余生を過ごしたい心つもりはマンマンです。

今後も「マーキーのマジメ半分日記」には注目しております。全部は読んでおりませんよ、また、引用を追っかけるつもりもありません(笑)

あまりにもご機嫌で、気がつけば数年間を開けていることもあり、足跡を残していきます。あと、もうしばらくは生きているつもりではあります。皆様のご健康とご健勝を祈念しつつ、キーボードを叩くのを小休止させていただきます。

数年前、「こんにちは」を「こんにちわ」と書いたのを笑って許してください。
 

習近平1強支配体制の確立 中国共産党新指導部発足

 投稿者:マーキー  投稿日:2017年10月26日(木)05時44分51秒 182-166-44-189f1.shg1.eonet.ne.jp
返信・引用
  10月25日、中国共産党の新しい指導部が発表された。

中国新指導部が発足 「習政権」長期化の可能性強まる(NHK NEWS WEB,2017/10/25 18:19)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20171025/k10011197301000.html

(引用開始)

中国共産党の新しい最高指導部の7人が25日に選出され、習近平国家主席が党のトップの総書記に正式に再選されたほか、李克強首相も再選されました。しかし、新しく選出された5人の中には、次の世代のリーダーと目される若手の幹部は登用されず、習主席が長期にわたって最高指導者にとどまる可能性が強まっています。

(引用終わり)

私が10月17日に投稿した指導部人事予想は見事に大外れだった。

中国共産党大会 最高指導部(常務委員会)人事の行方予想   投稿者:マーキー   投稿日:2017年10月17日(火)
http://8156.teacup.com/masakioya/bbs/506

(引用開始)

ひとまず「習近平氏の野望(総書記の任期延長)」はついえたと判断する。(略)

同紙(10月17日毎日新聞朝刊)はまた、「次世代のホープで政治局員の胡春華・広東省党委書記(54)も常務委員に昇格するとみられている。」と伝えている。習近平氏のイエスマンである陳敏爾氏(57)と、胡錦濤派の胡春華氏(54)が同時に最高指導部入りすることで、習近平派と胡錦濤派(共青団派)との妥協が成立したとみてよい。

習近平氏の後継者が決定したから、注目の王岐山氏も引退すると予想する。(略)

習近平総書記は既に“核心”の称号を手に入れており、今大会で氏の「政治理念」が共産党の規約に追加されることは確実だが、固有名詞付きの「政治理念」とはならないと予想する。“毛沢東思想”、“鄧小平理論”と肩を並べることはないと予想する。

(引用終わり)

習近平理論も名前入りで党規約に盛り込まれることになったし、5人の新常務委員は皆習近平総書記のイエスマンばかりで、チャイナセブンの6名が習近平派となった。習近平派の1強支配体制が確立されたといってよい。当たったのは王岐山氏が常務委員を引退することだけで、自分のカンがいかにあてにならないかを痛感した(笑)。

習氏の政治理念、名前付きで行動指針に 中国共産党大会(by北京=延与光貞、西村大輔,朝日新聞DIGITAL,2017/10/24 14:17)
http://www.asahi.com/articles/ASKBS2RMYKBSUHBI00K.html

(引用開始)

第19回党大会が24日、閉幕した。党の憲法にあたる党規約の行動指針に、習近平(シーチンピン)総書記(64)の政治理念を「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」と名前を冠した表現で盛り込む修正案が承認された。江沢民元総書記、胡錦濤前総書記が果たせなかった任期途中での行動指針入りが名前付きで実現したことで、習氏は指導者としてより強固な地位を築いたことになる。

(引用終わり)

今回の指導部人事の特徴は、5名の新常務委員がいずれも60代で、過去20年間慣例となっていた、50代の次期総書記候補の常務委員会入りが見送られたことである。「習近平の次の総書記は習近平」となったわけで、習近平の1強支配が少なくなくとも今後10年間は続くことが有力となった。

今回の習近平総書記の3時間半に及ぶ演説では、「法治」が強調されていたから、長期政権を可能にする憲法の改正や、中国共産党の内規の改定が、課題に上がってくると予想する。

中国憲法は今年改正されるのか?改憲で“習近平皇帝化”に布石(by高橋,2017/02/25)
http://kinbricksnow.com/archives/51992289.html

(引用開始)

ここまでの中国憲法史を見て分かるように、改革開放以降の中国の憲法改正は、基本的に党大会で決定された事項がおおよそ1~2年後に憲法改正の形で憲法に盛り込まれるという特徴を持っています。(略)

これまでの歴史を踏まえれば、今年2017年に第19回党大会が行われるので、2018年か2019年に憲法改正があると考えるのが妥当です。一方で最近になって憲法改正を匂わせる動きがいくつかあり、年内にも憲法改正があっても不思議ではありません。

(引用終わり)

「中国を強国にする」と習近平総書記は国民に約束したから、それを目に見える形にするために、中国指導部は「台湾問題の解決(台湾の武装統一or台湾の香港化=台湾への1国2制度の適用)」を追及することになろう。東シナ海の波高しである。

直接的な影響の少ない日本の私でさえ怯えているのだから、台湾の人々の心配は大きいと思う。台湾メディアが比較的穏やかに中国共産党大会を報道しているのは、懸念の大きさの裏返しのように思われる。

習近平氏、台湾へ統一攻勢強化へ 中台で際立つ認識格差(産経ニュース,2017/10/25 22:22)
http://www.sankei.com/world/news/171025/wor1710250037-n1.html

(引用開始)

習氏は党大会の政治報告で、「台湾問題の解決」を訴える部分を特にゆっくりと読み上げ、7度の拍手を浴びた。台湾事務弁公室は報告は「祖国統一の大事業を進める新理念」だとの“解説”を発表。「絶対に漸進的独立を座視しない」と民主進歩党の蔡英文総統を批判し、結党100年と49年の中華人民共和国建国100年を合わせた「『2つの100年』の目標実現に貢献する」と強調した。

一方、台湾側では蔡政権が「新しいモデルでの対話」を主張し、野党、中国国民党の馬英九前総統も「習氏の態度は特に厳しいとはいえない」と分析するなど、楽観的な評価が根強い。中台関係の停滞を打開する自前のカードが見当たらないことも、好意的な解釈に傾く誘因となっているとみられる。

(引用終わり)
 

中国共産党大会 最高指導部(常務委員会)人事の行方予想

 投稿者:マーキー  投稿日:2017年10月17日(火)12時28分27秒 182-166-44-189f1.shg1.eonet.ne.jp
返信・引用
  明日(10月18日)より、中国共産党大会が始まる。自分のカンがあたるかどうか後で検証するために、最高指導部(常務委員会)人事の行方を予想しておく。

焦点は、「習近平総書記の野望(総書記の任期延長)は実現するか」にある。

昔から習近平氏の顔が苦手な私は、習近平氏が「第二の毛沢東」となることが心配だった。

習近平の野望は実現するのか2015/11/19日 http://8156.teacup.com/masakioya/bbs/407

今日の毎日新聞朝刊に、「陳氏、副主席に内定 習氏後継固まる」という記事がでていた。習近平総書記の後継者が決まったということは、5年後には習近平氏は最高指導部から去るということであり、ひとまず「習近平氏の野望(総書記の任期延長)」はついえたと判断する。

陳氏、副主席に内定 習氏後継固まる(毎日新聞,2017/10/17)
https://mainichi.jp/articles/20171017/ddm/001/010/195000c

同紙はまた、「次世代のホープで政治局員の胡春華・広東省党委書記(54)も常務委員に昇格するとみられている。」と伝えている。習近平氏のイエスマンである陳敏爾氏(57)と、胡錦濤派の胡春華氏(54)が同時に最高指導部入りすることで、習近平派と胡錦濤派(共青団派)との妥協が成立したとみてよい。

習近平氏の後継者が決定したから、注目の王岐山氏も引退すると予想する。腐敗撲滅と称して、江沢民派の一層に尽力した王氏も無事引退できれば何より。常務委員の68歳定年も維持される。9月には、「王岐山氏、退任の意向」と報道されていた。

王岐山氏、退任の意向 中国の反腐敗指揮、習氏は慰留 党大会へ人事大詰め(日本経済新聞,2017/09/22)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO21398070R20C17A9EA1000/

習近平総書記は既に“核心”の称号を手に入れており、今大会で氏の「政治理念」が共産党の規約に追加されることは確実だが、固有名詞付きの「政治理念」とはならないと予想する。“毛沢東思想”、“鄧小平理論”と肩を並べることはないと予想する。

今回の共産党大会は、「挙党一致」の名の下に、習近平派と胡錦濤派(共青団派)との取引による最高指導部(常務委員会)人事が発表されそうだ。胡錦濤派(共青団派)がひとまずふんばって習近平総書記の長期政権化を防いだと言えそうだが、「建国100年(2049)までに台湾統一」ということも北京ではささやかれているらしいので、来年(2018)にも一波乱起こる危険も懸念される。

第19回党大会の照準/中 「両岸は一家」福建省の島で台湾に訴え、「統一の夢」に期限(by河津啓介,毎日新聞,2017/10/11)
https://mainichi.jp/articles/20171011/ddm/007/030/148000c

(引用開始)

習(金平)氏は建国100周年にあたる49年までに「『中国の夢』を実現する」と掲げる。台湾政策を担当する国務院台湾事務弁公室で副主任を務めた王在希氏は「台湾問題の解決を(建国から)100年間も引き延ばせない」と述べ、49年が統一の期限となることを示唆した。

「指導者は政治的レガシー(遺産)を重視する」。シンガポール国立大東アジア研究所の鄭永年所長は台北での講演でこう指摘した。鄭氏は、その著作が共産党中央党校の教材にも採用されるほど党の事情に詳しい。習氏が統一への道筋を付けられれば、建国の父である毛沢東、経済発展を成し遂げたトウ小平と並ぶ指導者として歴史に名を残せる。

党大会後、習氏が統一に向けてより積極的に動くと鄭氏は分析する。「統一できずに『中国の夢』など語れるだろうか。習氏の歴史的評価に関わる」

(引用終わり)
 

江藤淳氏のこと~「懐かしい人たち」遺文①~

 投稿者:マーキー  投稿日:2017年10月14日(土)22時26分26秒 182-166-44-189f1.shg1.eonet.ne.jp
返信・引用
  以下は、slapstick bbsに10月11日、エントリーしたものをコピペしたもの。
http://8244.teacup.com/ikken_yoshiyuki/bbs/1524

『懐かしい人たち』(講談社,1994/04/08)は、吉行淳之介さんの最後の著作となった随筆集である。吉行さんと交遊があった人たちについての追悼文、もしくは故人となった人たちとの交遊について記したもの。

それゆえ、安岡章太郎、遠藤周作、阿川弘之等々の、吉行さんよりも長生きされた方々についてのエッセイは収められていない。

機会があれば、吉行さんと何らかの関わりがあった方々について記していこうと思う。まず、江藤淳氏のことから始めたい。

先日、京都市三条京阪のBookOffで、『工学部ヒラノ教授(今野宏著)』(新潮文庫,2003/07/01)を108円で購入(BookOffは1冊100円と決めているのよ(笑))。本書は筒井康隆氏の『文学部唯野教授』に触発されて書かれたもの。著者の今野宏氏は筑波大学助教授を経て東京工業大学教授を勤めた人。同書「4 文系スター教授(pp.49-61)」に江藤淳氏のことが書かれているのでご紹介。

(引用開始。引用部分は同書、pp.54-57)

江藤淳という名前をヒラノ教授は高校時代から知っていた。100年以上の歴史を持つ日比谷高校は、キラ星のようなスターを生み出した名門校だが、8つ年上の江藤淳氏は、慶応大学在学中に『夏目漱石』(東京ライフ社,1956)を著し、ヒラノ教授が同校に入った時、すでに文壇で注目される存在であった。(略)

名物国語教師・増渕恒吉(ますぶちつねきち)氏は、「日比谷高校100年の歴史で国語三傑は、一が谷崎潤一郎、二が江藤淳、三が(ヒラノ教授と同期の)野口悠紀雄だ」と言ったそうだが、市川三喜、辰野隆、小林秀雄、幸田露伴などの先輩を押しのけて2番というのはスゴイ。(略)

歯に衣着せぬ筆鋒は、(少数の)熱烈な支持者と(多数の)敵を生み出した。また敵と味方を峻別するこの人は、ひとたび敵と見れば容赦なく相手を叩いた。だから吉田教授(注:吉田夏彦東工大教授、専門は哲学)のチャンネルで東工大に呼んでもらったヒラノ教授は、吉田教授を敵視する江藤教授から睨まれてもおかしくなかったはずだ。

ところが周囲の心配をよそに、江藤教授はヒラノ教授に対して友好的だった。それはヒラノ教授が日比谷高校の後輩であることと、自分と敵対関係に立つ心配がない、理系人間だったからだろう。国語の才能とは対照的に、数学に弱いこの人は、数学ができる人をそれだけで尊敬したという説もある。

江藤教授のような天才を、凡人の常識で批評することは控えるべきだろう。しかし“富士は遠きに見て思もの”の言葉どおり、至近距離から見るこの人は、かなり“ディフィカルトな”人だった。

その最大の原因は、文学者という職業に対する並はずれたプライドである。文学者は、たとえば社会常識に外れたことをやっても大目に見るべきだ、という信念は、しばしば“おやおや”と思わせる言動を引起こした。

2つ目は、権力とお金に対する常任離れした感覚である。評議員ポストに対するギラギラの意欲はご愛敬として、懇親会費の不払いや、高齢女性事務官を慰労すると言って、レストランに誘い出し、支払いは“割り勘”というのは如何なものか。

敵に対してはもちろん、意に染まない助教授や助手に対する過酷な仕打ちや、教室を抜け出そうとする学生に、チョークや椅子を投げつけるなどの過激な行動は、しばしば物議をかもした。

文系の若手教官は折に触れ「88年問題」を口にした。永井・吉田両教授という重石(おもし)があるので、今のところはこの程度で収まっているが、2人が定年で辞めたあと、江藤教授の独裁・恐怖政治が始まるのではないか。これが88年問題の核心である。(注:江藤淳氏は、1990年、東工大を辞職。母校の慶應義塾大学法学部客員教授を経て、1992年、慶應義塾大学環境情報学部教授となった(@wiki)。メデタシメデタシ(笑))

しかしそれにも拘らず、ヒラノ教授はこの人が嫌いではなかった。天才高校生がそのまま大人になった人、余りにも敵が多いので、必要以上に攻撃的になってしまう人。しかし谷崎に次ぐ天才ということであれば、少々おかしくても、大目に見てあげましょう――。

“直接的な被害を受けてないから、そんなことが言えるのだ”という声が聞こえてきそうだが、どうしてどうしてかく言うヒラノ教授も、主任を勤めた2年間、それなりの被害は受けているのです。

(引用終わり)

「ディフィカルトな人」、「文学者は、たとえば社会常識に外れたことをやっても大目に見るべきだ、という信念」、「権力とお金に対する常任離れした感覚」、かなり手厳しいことばが並んでいるけど、「文学者は、たとえば社会常識に外れたことをやっても大目に見るべきだ、という信念」は私にとっては以外だった。

というのは、江藤淳氏は名著(と言われている)『成熟と喪失』中で、吉行さんを、「作者は「文学」という観念を素朴に過信するあまり、その観念がどのような実生活の荒廃をもたらし得るかに盲目なのである。」と攻撃したから。吉行さんが当時、江藤淳氏のこの一面を知っていたら、「どの口で言ってるんだー」と反撃できたのになー。残念であります(笑)。

江藤淳氏の『成熟と喪失』中の吉行淳之介氏関連の文章は、以下を参照のこと。
Re: 「星と月は天の穴」説について   投稿者:マキ   投稿日:2011年10月10日(月)12時12分55秒
http://8244.teacup.com/ikken_yoshiyuki/bbs/84

上記のエントリーの後、私は「江藤淳氏の不遇感」について書き留めている。
Re: 「星と月は天の穴」説について   投稿者:マキ   投稿日:2011年10月10日(月)18時03分34秒
http://8244.teacup.com/ikken_yoshiyuki/bbs/85

江藤淳氏は、講談社文芸文庫版『成熟と喪失』所収の、「説明しにくい一つの感覚(文末に「平成五年八月初一 鎌倉西御門の寓居にて」とある)」というエッセイの中で、当時の心境を次のように書いている。

「私は、日本の批評家はやはり現代文学を論じなければだめなのだと、骨身に沁みて感じていた。江戸儒学や近松、上田秋成などの再検討を行おうとした『文学史に関するノート』は、文壇的には全く無視され、たまに取り上げられても揶揄の対象になるばかりだったからである。」(同書p.252)

「成熟と喪失」は「文藝」の1966年8月号~1967年3月号に掲載された。当時は「文壇」という言葉がまだ生きていた時代で、「文壇=銀座のバーにたむろする作家と編集者たち」というイメージがあった。「文壇的には全く無視され、たまに取り上げられても揶揄の対象になるばかり」という「不遇感」が、「イメージとしての文壇」の象徴的存在(銀座でモテルという噂(笑))でもあった吉行さんに対する攻撃の下地になったのではなかろうか。

「権力とお金に対する常任離れした感覚」と評された江藤淳氏にとって、自分が全く無視されているのに対し、吉行さんが(江藤淳氏にとって)不当に(文壇から)高く評価されていることは、許せなかったのではなかろうか。私の母は宮城まり子さんと同棲していた吉行さんを認めなかったけど、「倫理的に」吉行さんを嫌っていた可能性もある。

大昔、吉行さんが、「(男が)年をとると、ジジー顔になる人とババア顔になる人がいる。ババア顔になるのは嫌だな。」とどこかで語ったことがある。江藤淳氏はババア顔の人だった。ちなみに、私もジジー顔である(笑)。

かつてのイタコさんだったら、「江藤淳氏のこと」をどう書くんだろうとふと思う。

吉行さんが亡くなったのは1994年7月26日、江藤淳氏が亡くなったのは1999年7月21日、同じ7月に亡くなられたのは不思議な気がする。

とりあえず今回はここまで(笑)。
 

凄いものを見た 藤井聡太四段叡王戦で本戦入り

 投稿者:マーキー  投稿日:2017年10月10日(火)16時37分50秒 182-166-44-189f1.shg1.eonet.ne.jp
返信・引用
  藤井聡太四段(15)が9日、東京都渋谷区の将棋会館で第3期叡王戦(ドワンゴ主催)の段位別予選・四段戦に臨み、佐々木大地四段(22)、杉本和陽(かずお)四段(26)に連勝して本戦入り(ベスト16)を決めた。本戦で3勝すれば、タイトル獲得をかけた七番勝負に進出する。

藤井聡太四段、叡王戦で本戦入り 新設のタイトル戦(朝日新聞DIGITAL,2017/10/09 22:58)
http://www.asahi.com/articles/ASKB97FTYKB9UCVL010.html

午後2時から行われた、佐々木大地四段との対局はネット中継で見ていたが、完全に藤井聡太四段の負け将棋だった。

佐々木大地四段が先手番で始まった対局は相掛かりの将棋となったが、佐々木(大)四段の読みがさえて中盤では先手優勢となった。持ち時間が1時間(チェスクロック使用)のため、終盤、佐々木(大)四段が▲5五角(79手目)と打った時は双方1分将棋になっていた(将棋ソフトによる評価値は先手975)。藤井四段が△6四歩と中相の歩で受けると、▲4四角で2六にいる角との交換を迫った。「浮かむ瀬」の評価値は1463で、解説の藤田綾女流二段は「かなり差がついてきましたね」、及川六段は「この評価値ほど差はついていない」とのことだった。

交換してはじり貧とみて、藤井四段は△3七角成り。勝負手!、中継を見ながら私は思わずオーと声を上げてしまった。この手が入ったので、△4九銀と5八の金にひっかける手が痛打になる(△5八銀成り、▲同玉、△3六馬が王手飛車取り)。先手は、△4九銀が回ってこないように詰めろの連続で迫る必要がある。

佐々木(大)四段は冷静に指し手を進め、駒を清算して56香打(91手目)と王手。1四にいる飛車が効いていて合駒できないので、後手は△6二玉(92手目)と逃げる。▲5四飛車と回るのが第一感だけど、詰めろになってないので▲6四飛車(93手目)の王手。△6三銀打と受けるのは▲5三金から駒をはがされて負けなので△7二玉(94手目)と逃げる。先手はゆうゆうと銀をとって▲7四飛車(95手目)。しかもこの手が▲6三銀からの詰めろになっている。駒得しながら詰めろがかかれば、普通は勝ちとしたもの。藤井四段はあきらめずに△3六馬と引いて6三の地点に効かした(同時に△5二馬と金をとっての王手を狙う)。

しかし、この時後手玉には詰み(31手詰)が生じていた。1分将棋では読めるはずもなく、上からかぶせる▲6四銀打(97手目)の詰めろ。しかし、これが痛恨の敗着。▲6四銀と打ったために飛車の横効きが消えて先手玉に詰みが生じてしまったのだ。「浮かむ瀬」の評価値は▲7四飛車(95手目)では9999(詰あり)の評価だったのが、▲6四銀打(97手目)では0になっている。ネットの画面には、「先手 詰み」の書き込み。解説の及川六段も、「これは、先手あぶないですね」と言ったからネットは大騒ぎ。そして藤井四段が△5二馬と着手。この瞬間、佐々木(大)四段は天を仰いだ。大逆転だった。まさに頓死。凄いものを見た、と思った。

▲6四銀打(97手目)で▲6四金だったら、先手玉は詰まなかった。「金はとどめの駒」は将棋のセオリーだから、1分将棋ではムリというものだろう。佐々木大地四段には不運としか言いようのない敗戦だった。文字通り勝ちを拾った藤井四段は、夜の対局もきっちり勝ちきって本戦出場を決めた。佐々木大地四段に勝ったとき、ネット中継の画面に「持っている人は違う」という書き込みがあったが、主催者のドワンゴさんが一番喜んだはず(笑)。藤井将棋をネットで見る喜びがまた一つ増えたことを喜びたい。

佐々木大地 四段 vs. 藤井聡太 四段 第3期叡王戦段位別予選四段戦【棋譜】
https://shogidb2.com/games/62937caac37b40027eb7a0bbb1a3d75ed934d98f#l5s2%2F1r2gkg2%2F2n1p1ppn%2Fp1s2p2R%2F2p1BN3%2FP4PPb1%2F1P1PP4%2F1SGKG2%2Bp1%2FLN7%20w%202L3P1s2p%2080

藤井聡太四段 VS 佐々木大地四段 終盤~勝利の瞬間【叡王戦 四段予選】【ビデオ】
https://www.youtube.com/watch?v=2HlmAHYrgmE

 

藤井聡太奨励会員のスパーリング・パートナーだった 稲葉聡アマ(元アマ竜王)

 投稿者:マーキー  投稿日:2017年10月 9日(月)15時04分42秒 182-166-44-189f1.shg1.eonet.ne.jp
返信・引用
  毎月3日は月刊誌「将棋世界」の発売日。喫茶店で煙草を吸いながら読むのを楽しみにしている。

同誌の8月号から、作家(にして元同誌編集長)の大崎善生氏が「神を追いつめた少年~藤井聡太の夢~」を連載している。好読み物で、連載終了後は本になるんじゃないかなー。11月号の「第4章 秘密の練習パートナー(pp.110-118)」に“ちょっといい話”が載っていた。

稲葉聡元アマ竜王は、藤井聡太四段がまだ奨励会員だった頃、藤井少年のスパーリング・パートナーをつとめていた。会社が終わった後、車で藤井家を訪問し、夜7時半から9時半過ぎまで「将棋の家庭教師」をしたこともあったという。そのおかげで藤井少年は13歳で3段リーグに昇段し、一方稲葉聡アマは2015年10月、第5期加古川青流戦の決勝戦で増田康宏四段を破って優勝することができた。

<人>将棋の第5期加古川青流戦で優勝・稲葉聡さん(神戸新聞, 2015/10/26 10:24)
https://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201510/0008513282.shtml

以下、大崎善生氏「第4章 秘密の練習パートナー(将棋世界11月号,2017,pp.110-118)」から引用する。

(引用開始)

今年の5月、名古屋駅の喫茶店で、私の前に華奢で清潔な出で立ちの男が座っていた。指は何も持ったことがないかのように白く長くか細く美しい。

男の名前は稲葉聡。1985年生まれで31歳になる。今年の名人挑戦者・稲葉陽八段の兄であり、アマチュアとして史上ただ一人のプロ棋戦優勝者でもある。(略)

将棋の名門・立命館大学に進学すると、将棋部部長を務め、2004年度と2007年度で学生名人に輝いた。

大学卒業後は、就職して三重県四日市市に2年ほど住んだ。知り合いに頼まれて、ある研修会の子どもに将棋を教えるようになった。

2011年に出場した第8回詰将棋解答選手権のチャンピオン戦の大阪会場で、8歳の藤井聡太と出会っている。教え子の研修会員から聡太の強さを聞いていたし、その子の母親が聡太の母・裕子と親しかったこともあり、軽い気持ちで勉強会に誘ってみた。本当に人間の縁とは不思議なものだ。

強い練習相手を探していた聡太は誘いに飛びつき、裕子の付き添いで電車を乗り継いで四日市までやってきた。(略)

稲葉が最初に覚えているのは、詰将棋の本を歩きながら夢中になって読んでいる聡太の姿だ。非常に真面目な印象だったという。(略)

(2011年)、稲葉は、愛知県名古屋市で(税理士事務所に)就職して移り住んだ。(略)自分が奨励会時代に将棋の相手に困っていた経験から、自分の理想とする勉強の場を作りたい思いを持ち、彼らをアパートに呼んで、今度は対局を中心にした研究会を作った。

そのメンバーの中に、奨励会入会前の聡太もいた。(略)

稲葉のアパートでの研究会は月に2、3回、土・日・祝日の朝10時から開かれた。聡太を含む4~6人で総当たり戦をやる。持ち時間各30分で切れたら1分将棋で3局が多かった。実践に飢えていた聡太にとっては、またとない勉強の場となった。

他の子たちが都合の悪い日は、聡太とマンツーマンで1日3局指すこともあった。その流れで、たまに平日にも聡太の自宅に稲葉が出向いて練習対局をすることもあった。稲葉のアパートから車で15分くらいの近距離だった。仕事帰りに立ち寄り、夜の7時半から9時半まで、1、2局。家庭教師というよりも、稲葉がアマ大会に出るための調整パートナーという意味合いもあった。

お互いにイーブンの関係。聡太にとってはアマ竜王という最良の練習相手だし、稲葉にとっては天才少年を独り占めしていたわけで、考えてみれば贅沢なスパーリングである。伝説のパートナーとなるかもしれない。(略)

聡太との研究会は、三段リーグに入るまで4年間ほど続いた。トータルで150局は指したという。稲葉の勝率は3割。聡太が三段に上がる頃は、ほとんど勝てなくなっていた。

面白いことが起こる。聡太との練習将棋によって、稲葉の実力が劇的に向上したのだ。家庭教師だったはずの稲葉の力が、教え子の聡太の力によって引き上げられる。(略)

2015年、聡太が三段リーグに入った頃、稲葉はプロ若手棋戦の第5期加古川青流戦にアマチュア枠で出場。精鋭棋士たちを次々となぎ倒し、決勝三番勝負へと勝ち上がる。

このところ続々と現れる強豪若手プロの中でも、トップクラスといわれる増田康宏四段との三番勝負は、第1局こそ落としたものの、悪い将棋を続けて逆転し、2連勝して優勝。アマチュア選手のプロ公式棋戦優勝は史上初の快挙だった。(略)

聡太の母・裕子からは祝福のメールが届いたが、聡太からは直接連絡はなかった。彼はどう思っていただろうか。稲葉はいまも分らないという。「聡太君との練習対局の勝率はトータルで3割弱。彼が二段の頃にはほとんど勝ことができませんでした。その僕がプロ棋戦で優勝って、どういうことなの?って思ったのではないでしょうか(笑)」

(引用終わり)

 

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